錬金術つかい(寛訳2)(“El Alquimista”)

第一部

少年は名をサンチアゴと言った。日が暮れ始めたころ、彼は羊の群れとともに見捨てられた古い教会の前に着いた。天井はずっと前から壊れていて用具室のあったところには大きなシカモアイチジクが育っていた。

そこで夜を過ごすと決めた。壊れ果てた扉から全ての羊たちを入らせた後、夜のうちに逃げ出せないよういくつかの板を置いた。その地方にはオオカミはいなかったが、かつて一匹の羊が夜のうちに逃げ出して翌日ずっと逃げた羊を探したことがあった。

上着を広げて床に置いて横になり、読み終わったばかりの本を枕代わりに使った。眠りにつく前に、もっと分厚い本に取り掛からないといけない、と自分に言い聞かせた。読み終わるまでにもっと時間がかかるし夜の間もっと快適な枕になるのだから。

目が覚めた時まだあたりは暗かった。上を見上げて朽ちかけた天井の隙間から星たちが輝くのを見た。

「もう少し寝たかったな」、彼は思った。先週と同じ夢を見てまた終わる前に目覚めたのだった。

起き上がってワインを一口飲んだ。それから杖を拾ってまだ眠っている羊たちを起こし始めた。彼が起きた時、ほとんどの動物たちも同じく起きるらしいと、彼は気づいていた。彼の命と、二年ほど前から彼とともに水と食べ物を探して大地を歩き回っているこの羊たちの命とを結びつける、何らかの不思議なエネルギーがあるかのようだった。「僕のことにはもうずいぶん慣れて僕の時間割もわかるようになったんだね」、小声で言った。しばし考え、あるいは逆もあるかもしれないと思った。彼のほうが羊たちの時間割に慣れてきたのかもしれない。

羊たちのうち何匹かは、とはいえ、起き上がるのにもう少し時間がかかった。少年は一匹ずつ名前を呼びながら杖で起こしていった。羊たちは彼が言うことを理解できるものだとずっと思っていた。だから時として感銘を受けた本の一説を読み聞かせたり、野の羊飼いの孤独や喜びを話したり、よく通りかかる町で見聞きした最近の出来事について意見を話したりしていた。

ここ二日間は、しかし、彼の頭を占めていたことはひとつしかなかった。あと四日もすれば到着する町に住んでいる商人の娘だった。そこには一年前に一度だけ行った。商人は織物屋の主人で、詐欺にあわないよう羊たちの毛刈りにいつも立ち会いたがっていた。友人がその店を教え、羊飼いはそこへ羊たちを連れていったのだった。

~続く~


ところでこの本。スペイン語の題は「El Alquimista」。原文のポルトガル語の題は「O Alquimista」。英語では「The Alchemist」で、邦題(角川文庫)は「アルケミスト – 夢を旅した少年」とおまけの副題まで付いてきます。

・・・何語でも意味わかりませんが、辞書を引くと「錬金術師」という意味だそうです。そして「錬金術」というのは「黄金をつくり出す技術の追究を中心とし、不老長寿の霊薬の調合と重なり合う中で、広く物質の化学的変化を対象とするに至った古代・中世における一種の自然学」うんぬん(三省堂 大辞林 第三版)だそうです。

・・・調べても結局よくわかりませんが、一度物語を読んだのも踏まえて解釈すると、物事の真実に通じる道の術を「錬金術」、それを使う人を「錬金術師」と呼ぶのだと、思ったよ。

今回はこれを「錬金術つかい」と訳すことにしました。主人公の少年はまだ可愛らしさの残るあどけないイメージなので。魔術師っていうのと魔法使いって言うのだったら、魔法使いのほうが可愛いでしょ。そういうわけで。
(あとタイトルだけ聞いたことある有名な漫画と被らないようにっていうのも思った。)

ところで、やっぱり一人でも読んでくれる人がいると思うといい加減な訳はできないので、知ってるつもりの言葉でも違う意味がないか、もっと日本語として自然な表現はないかと探したりして、かかった時間は1時間10分。ちょうど良い。ちょうど良い、と思いました。

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