錬金術つかい(寛訳54)(“El Alquimista”)

一日中旅した。日暮れには、コプトの修道院の前に着いた。錬金術師は護衛隊を返して馬から下りた。

「ここからはひとりでたどって行きなさい」、言った。「もう三時間もすればピラミッドに着くだろう。」

「ありがとうございます」、少年は言った。「あなたは私に世界の言語を教えてくれました。」

「私はただ君がもう知っていたことを思い出させただけだよ。」

錬金術師は修道院の入り口に呼び掛けた。黒くまとった修道士が彼らの応対に来た。何かをコプト語で話し、錬金術師は少年を中に入るよう招いた。

「少し調理場を貸してくれと頼んだんだ」、言った。

修道院の調理場まで行った。錬金術師は火をつけ修道士は少しの鉛を持ってきて、それを錬金術師は鉄の丸い容器の中で溶かした。鉛が液状になったとき、錬金術師はその袋からあの不思議な黄色がかったガラスの卵を取り出した。一本の頭髪分の厚みの層を削りとり、それを蝋に包んで溶けた鉛の入った容器に投げ入れた。

その混ぜ物は血のように赤みがかった色になっていった。錬金術師はそれから容器を火から引っ込めて冷ました。その間に、修道士と士族間の戦争について話していた。

「まだずっと続くでしょう」、修道士に言った。

修道士はうんざりしていた。戦争が終わるのを待ってキャラバンがギザで停滞しずっと経っていた。

「ですが神の意志を果たすのみですね」、修道士は言った。

「その通りです」、錬金術師は応えた。

陽気が冷めたとき、修道士と少年は見て目がくらんだ。鉛はこの丸い形になりながら乾いていたが、もう鉛ではなかった。金だった。

「いつかこれのやりかたを学ぶでしょうか?」少年は尋ねた。

「これは私の私伝説だったが、君のではない」、錬金術師は応えた。「だが可能だということを君に見せてあげたかったのさ。」

修道院の入り口まで歩いて戻った。そこで、錬金術師はその円盤を四つに分けた。

「これはあなたに」、彼は言った、ひと部分を修道士に渡して。「あなたの巡礼者たちへの寛大さのために。」

「私の寛大さを超える報いをお受けしています」、修道士は応えた。

「二度とそれを繰り返し言ってはなりません。生はそれを聞いて次にはもっと少なく与えるかもしれませんよ。」

それから少年に近づいた。

「これは君に。将軍に残した分の報いとして。」

少年は将軍に渡したのよりもずっと多いと言おうとした。しかし錬金術師が修道士にした解説を聞いていたので黙った。

「これは私に」、錬金術師は言った、いち部分を抱えながら。「なぜなら砂漠を戻らなくてはならず、士族間の戦争があるのだからね。」

それから四つ目の一片を取って改めてそれを修道士に与えた。

「これは少年に、それを必要とする場合には。」

「でも僕は自分の宝を探しに行くのですよ!」男の子は言った。「今やそのすぐ近くにいるんです!」

「そして私は君がそれを見つけると確信しているよ」、錬金術師は言った。

「そうしたら、これはどうして?」

「なぜなら君はすでに二度失った、泥棒でそして将軍で、君が旅のなかで得てきた金を。私は私の土地のことわざを信じる迷信深い年寄りアラブ人でね。それでこういうことわざがあるんだ。」

『全ての一度起こることは、もう二度と起こらないかもしれない。しかし全ての二度起こることは、起こるだろう、必ずや、三度目が。』

彼らは馬に乗った。

~続く~


1時間17分。

知らないことだらけです・・・。コプトというのは、キリスト教化したエジプト人のことだそうです(三省堂 大辞林 第三版)。あと修道院と訳したスペイン語、最初のほうではmonasterio(原作ポルトガル語mosteiro)と記されていたけど調理タイム終わって出てきたときにはconvento(同convento)と記されていて、なんだかなーと思ったけど、この違いにはもう首を突っ込まないことにしました!

鉛を金に変えちゃうんだから、いいよねー。ただちょっとこの、鉛が金になる仕組みっていうのが、ちょっとまだわからないんです。鉛の私伝説はどこへ行ったのだろう、鉛はそれを果たしたということ?ここでのガラスの卵(=賢者の石、第48節)はどういう役割なんだろう?あるものが進化するときにはその周りも進化するらしいけれども、じゃあ今回は何が何を巻き込んだのだろう?・・・たくさん読んできたけれどもここらへんはやはりどうにもわかりません。まあそこらへんがわかってしまうと、「ちょっともしないうちに金が何の価値もしなくなってしまう」(第31節)からわかんなくなってんのかな。違うか、イギリス人だもんな、この台詞。

ここで気になったスペイン語はpagar, pagoという単語です。金片を受け取った修道士が、そして少年に金を渡す錬金術師がこう言います。

–Estoy recibiendo un pago que excede a mi generosidad –respondió el monje.
(…)
–Ésta es para ti. Para pagar lo que dejaste al general.

寛訳:「私の寛大さを超える報いをお受けしています」、修道士は応えた。
(…)
「これは君に。将軍に残した分の報いとして。」

日常生活の中でpagar, pagoというとすぐ浮かぶのは「支払い」なんですが、ここでは報いという意味合いで遣われているようです(まあ少年の方は支払いというか返金に近いところあるけど)。pagarという語はDel lat. pacāre ‘apaciguar’, ‘calmar’, ‘satisfacer’(DLE)、なだめる、和らげる、満足させるという意味のラテン語pacāreから来ているとのことで、んー特に善行に対する報いとかいう意味が語源的にあったわけではなさそうですが。いずれにせよ、この単語には「支払い」だけでなくずっと大きな意味が含まれているんだなと、いうことでした。

最後にアラブのことわざの部分、まあスペイン語でですが、書いておきます。

«Todo lo que sucede una vez, puede no suceder nunca más. Pero todo lo que sucede dos veces, sucederá, ciertamente, una tercera.»

寛訳:『全ての一度起こることは、もう二度と起こらないかもしれない。しかし全ての二度起こることは、起こるだろう、必ずや、三度目が。』

写真は青ナイル川の源流になっているエチオピア最大の湖、タナ湖にある、キブラン・ガブリエル修道院です。2009年3月、日本での修士課程を終えて就職する前に、その半年前に同じ研究室から博士号を取って帰国されていたエチオピア人の先輩を訪ねて、卒業旅行で行ったときの一枚。ここは13世紀からの歴史ある修道院らしく、案内してくださった修道士の方は僧衣のようなものを着ていたし、内部にはとても古そうな書物もあり、そして女性の入場は禁止など、先輩によるとエチオピアの中でもかなり厳しい戒律を今(当時)でも保っている修道院とのことで、とても強く印象に残っていたのでした。初めてのアフリカで興奮したし、楽しかったなあ!でもインジェラはどうしても好きになれなかったなあ・・・!

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