錬金術つかい(寛訳16)(“El Alquimista”)

『なんて変わってるんだアフリカって!』少年は思った。

町の狭い路地に見つけた他と同じような一種のバーに座っていた。幾人かは巨大なパイプを吸っていて、それは口から口へと回されていた。数時間のうちに手をつないだ男たち、顔を覆った女たちそして高い塔に上って歌い始める僧侶たち、その間まわりにいる全てのものは跪いて頭を地に打ちつけていたのを見た。

『異教のことだ』、自らに言った。小さいころ、いつも村の教会で白い馬に乗ったサンチアゴ・マタモロスの肖像、剣を抜いており足下にそこら辺にいるような姿があるものを見ていた。少年は気分を悪くして恐ろしく独りぼっちであると感じた。異教徒たちは陰険な目つきをしていた。

その他にも、旅に急いだために、ある細かなこと、彼を宝から長いあいだ遠ざけてしまいかねないただひとつの細かなことを忘れてしまっていた。その国ではみなアラブ語を話していたのだ。

バーの主人が近づいてきて少年は他のテーブルに出されていた飲み物を指した。苦い茶だった。ワインを飲めたらよかった。

しかし今はこのことに気を取られていてはならなかった。ただひたすらに彼の宝とそれを手に入れるための方法を考えなければならなかった。羊たちを売ったことで彼の巾着には多額の金が得られそして少年は金が魔法だということを知っていた。これがあれば決して誰も独りぼっちでない。すぐに、きっと数日もすれば、ピラミッドの傍にいるだろう。胸にあんな金をつけた老人だったら六匹の羊を手にするために嘘をつく必要などなかったのだ。

老人はしるしのことを話していた。海を渡りながら、しるしのことを考えていた。そう、それが何のことを言っているのかはわかっていた。アンダルシアの野原にいた間に大地と空のなかから辿らなくてはならない道のりの状況を読みとることに慣れていた。ある鳥はなんらかの蛇が近くにいるのを示すこと、特定の灌木は水が数キロのうちにあるしるしだということを学んでいた。羊たちがそのことを教えてくれていた。

『もし神がこんなふうに上手に羊たちを導けたら、人間も同じように導くのだろうな』、じっくり考え、さらに落ち着いてきた。茶は苦みが薄まったように感じられた。

「君はだれ?」スペイン語で尋ねる声を聞いた。

少年は心の底から安堵した。しるしのことを考えていて誰かが現れたのだ。

「スペイン語を話すってどういうこと?」尋ねた。

今しがたやってきたのは若い男で、西洋風の服を着ていたが、その肌の色はその町の出であるに違いないことを示していた。およそ同じくらいの背丈と歳のようだった。

「ここじゃほとんどみんなスペイン語を話すよ。スペインからたった二時間のところにいるんだから。」

「座って僕の勘定で何か頼みなよ」、少年は言った。「それで僕にワインを頼んで。このお茶は嫌いだ。」

「この国にワインはないよ」、新来者は言った。「宗教が禁じてるんだ。」

少年はそれからピラミッドに行かなければならないことを説明した。宝のことを話そうというところだったが、黙ることに決めた。そうでないと、アラブ人はそこまで連れていくのの引き換えに一部を欲しがりかねない。老人が申し出について言ったことを思い出した。

「そこまで僕を連れて行ってほしいんだ、もし可能なら。案内人としてのお金は払える。どうやったら行けるか何か考えはある?」

少年はバーの主人が近くを歩き、会話を注意深く聞いているのに気づいた。彼がいることを邪魔に感じたが、案内人に出会ってこの機会を失うことはできなかった。

「サハラ砂漠を全部つっきらなくちゃいけないよ」、新来者は言った、「そしてそれにはお金がいる。十分なお金を持っているのか知りたいな。」

少年はその質問が妙だなと思った。しかし老人を信じていて老人は何かを望むときには宇宙がいつも便宜を取り計らうと言っていた。

巾着の金を取り出して新来者にそれを見せた。バーの主人が近づいてきて同じく見た。二人はアラブ語でいくつかの言葉を交わした。バーの主人は怒っているようだった。

「行くぞ!」、新来者は言った。「彼は僕らにここにいてほしくないんだ。」

少年は安堵した。立ち上がって勘定を払おうとしたが、主人は彼をつかんで止めどなく話し始めた。少年は強かったが、異国の地にいた。主人を脇へそして少年を道へ押しやったのは新しい友だった。

「君の金が欲しかったのさ」、言った。「タンジェはアフリカのほかの部分とは違う。僕たちは港にいて港にはいつもたくさんの泥棒がいるんだ。」

彼は新しい友を信じることができた。ある決定的な状況で彼を助けたのだった。改めて金を取り出して数えた。

「ピラミッドには明日行けるよ」、もう一人のほうが金を取りながら言った。「でもラクダを二頭買わないと。」

タンジェの狭い道々を歩いて出かけた。全ての角に売り物屋台があった。ようやく市場をやっている大きな広場の真ん中に着いた。短剣、じゅうたんやあらゆる種類のパイプと一緒くたになって話し、売り、野菜を買っている人が何千といた。しかし少年は新しい友から目を離さなかった。とうとう最終的に彼の全ての金をその手に持っていた。返してくれるよう頼もうかと思ったが、無礼になることを恐れた。彼はまさしく踏みしめているこの異国の地の慣習を知らなかった。

『目を離さないでいれば十分だ』、自身に言い聞かせた。もう一人よりも強かった。

突然、そうした一切の困惑の真っただ中で、人生において一度と見たことのなかったような美しい剣が現れた。鞘は銀めっきされて先端は黒く、石がはめ込まれていた。エジプトから帰った時にはそれを買おうと彼自身に誓った。

「主人にいくらかかるか聞いてよ」、友人に頼んだ。しかしそれを見ていて二秒気をそらせていたことに気づいた。

あたかも急に胸が縮こまったように、心臓が締め付けられるのを感じた。彼のほうを見るのが怖かった、なぜなら理解することになることがわかっていたからだった。十分な勇気を持つまで彼の目はもうしばらくのあいだ美しい剣に留まり続けそしてあたりを見渡した。

彼の周りには、市場、往来し大声をあげ買い物をする人々、ヘーゼルナッツやレタスそして銅の硬貨とごちゃ混ぜになったじゅうたん、妙な食べ物の匂い、しかしそのいずれの箇所にも、全くもって間違いなくそのいずれの箇所にも、彼の連れの顔はなかった。

少年はまだ一時的に迷ってしまったのだと思いたかった。もう一人が戻るのを待って同じ場所に居残ることにした。少し経って、ある人がそこかしこの塔のひとつに上って歌い始めた。皆は跪き、頭を地に打ちつけてまた歌った。それから、働き蟻の運動のように、屋台を解体して去っていった。

太陽も同じく去り始めていた。少年は広場を囲んでいる白い家々の後ろに隠れてしまうまでそれを長いあいだ見つめていた。その太陽が朝に昇った時には、彼は他の大陸にいて、羊飼いで、六十匹の羊がいてある女の子と待ち合わせを整えていたのだと思い起こした。朝には野原を歩いている間に彼の身に起ころうとしていることはすべて知っていた。

しかし、太陽が隠れた今、妙な地にある妙な別の国にいて、そこでは人々の話す言語を理解することすらできないのだった。もう人生において彼はすでに羊飼いではなく何も持っておらず、戻って全てを再び始めるための金すらもなかった。

『これら全部が同じ太陽が昇って沈む間のことだ』、思った。そして自身のことをつらく感じた、というのも時としてひとつ簡単な叫び声をあげている間に人生における物事は変わってしまうからだ、それも人々がその物事に慣れることができる前に。

泣くことは恥としていた。彼自身の羊たちの前で泣いたことは決してなかった。しかし市場は空っぽで彼は故郷から遠くにいた。

少年は泣いた。神が不公平であり自身の夢を信じた人々にこのような形で報いたために泣いた。『僕は羊といた時には幸せだったしいつだって周りに幸せを広めていた。人々は僕が着くのを見て僕をよくもてなしてくれた。でも今は悲しくて不幸せだ。どうしよう?もっと厳しくなって誰のことももう信じないことにしよう、もうひとりが僕を裏切ったのだから。隠された宝を見つけた人たちのことを憎もう、僕は僕のを見つけられなかったのだから。そしていつだって手にしている僅かのものを大切にするよう努めよう、世界を抱きかかえるには僕はあまりにも小さすぎるのだから。』

かばんを開けて中に持っていたものを見た。船でとった軽食の何かが残っているかもしれない。しかし見つけたのは分厚い本、上着そして老人が与えていた二つの石だけだった。

石を見ると果てしない安堵の情を覚えた。六匹の羊を二つの素晴らしい石、金の十字架から取り出された石と交換していた。石を売って戻りの切符を買うことができた。『今度はもっと利口になろう』、ポケットに隠すため石をかばんから取り出しながら、男の子は思った。

そこは港でこれだけがもう一人の男の子が言った中でただひとつ正しいことだった。港はいつも泥棒だらけだということだ。

今になってまたバーの主人の絶望についても理解した。その男を信用するなと知らせようとしていたのだ。『僕は全ての人たちみたいなものだ。世の中を物事が起こればいいと願うように見て、実際に起こるようには見ていない。』

石を見ていた。大切にしばらく触り、その温度と滑らかな表面を感じた。この石が彼の宝だった。石をただ触っているだけで彼はより落ち着いてきた。石は老人を思い出させた。

『君があることを望むとき、全宇宙がその達成のために君を助けようと取り計らうんだよ』、と言っていた。

どうしたらそれが本当であり得るのか知りたかった。空っぽの市場にいて、巾着には一セントもなくその夜を守ってやる羊たちもいかなった。しかし石はある王に会ったということの証だった、彼の物語を知っていて、彼の父の武器についてまた彼の初めての性的な経験について知っている王だ。

『石は占いの役に立つんだ。ウリムとトゥミムという。』少年は石をもう一度袋の中に入れて試してみることにした。老人は明確な問いを述べるようにと言った、というのも石は望むものを知っている者だけに役立つのだと。

少年はそこで老人の祝福はまだ彼とともにあるかと尋ねた。

石を一つ取り出した。『はい』だった。

「僕は宝を見つけるかな?」

石をひとつ取ろうと袋に手を入れた時に両方が布地の裂け目から地面にすり落ちた。少年はその巾着が壊れていることに全く気付いていなかった。ウリムとトゥミムを拾って再び袋の中に入れるためにかがんだ。地面にある石を見たとき、しかし、他の文句が頭に浮かんだ。

『敬うことを学びしるしをたどれ』、老人は言っていた。

しるし。男の子は一人で笑った。それから地面の二石を拾って巾着に再び入れた。裂け目を縫い付けようとは思わなかった。石はしたければいつだってそこから抜け出すことができた。彼は自分自身の運命から逃げないためにある種のことは自問するべきでないと理解していた。『自分自身の決断をすると誓ったじゃないか』、自身に言った。

しかし石は老人がまだ彼と共にいると言って、このことは彼により多くの自信を与えた。空っぽの市場をもう一度見てももうかつての絶望は感じなかった。妙な世界ではなかった。新しい世界だった。

そして、とうとう結局のところ、彼が望んでいた全てのものというのはまさしくそれだった。新しい世界を知ることだ。決してピラミッドまで到着することがないだろうにも関わらず、すでに彼は知っているあらゆる羊飼いよりもずっと遠くまで行っていた。『ああ、たった二時間の船のところにこんなに違ったものがあるということを彼らが知っていたらなあ!』

新しい世界は彼の前に空っぽの市場という形で現れていたが、すでに彼はその市場の生命に満ちたところを見たのでありもう決してそれを忘れることはないだろう。剣のことを思い出した。それをしばらく見つめたことは高くついたが、人生においてあのようなものを見たことは一度としてなかった。にわかに彼は世界を、泥棒の哀れな被害者としてあるいは宝を探す冒険家として、見ることができるのだと感じた。

『僕は宝を探す冒険家だ』、途方もない疲れが彼を眠りに落とす前に、思った。

~続く~


4時間53分・・・!

ひゃー。これはなかなか大変だった。休憩を入れて5回に分けた。疲れたー。

そして、サンチアゴ少年はもっと大変な思いをしていたぞ。この悪ガキが金を盗み取る部分。これは文庫本で読んでても胸が締め付けられるというか、うわーやばいやばいやばい、あーやばい、あー、・・あーーー!!!っていう。感じでした。今回はスペイン語でじっくりゆっくり読んだので、気分の高まりはそこまで激しくないものの、やはり締め付けられる。。だが少年よ、なんにしたって全財産の入った巾着を知り合ったばかりの人に持たせるのは、いかんぞ!!

しかしこの長い節の中でかなり色んなことが起きて、目まぐるしい。ひとりバー、悪ガキとバー、悪ガキと市場、ひとり市場失望、ひとり市場前向き。サンチアゴ少年の心境も次々と変わって忙しいのだけど、やはりというべきか、他人(悪ガキ)についていくときの少年はずいぶんと頼りない。まさしく「世の中を物事が起こればいいと願うように見て、実際に起こるようには見ない」というところか。

«veo el mundo tal como desearía que sucedieran las cosas, y no como realmente suceden.»

寛訳:『世の中を物事が起こればいいと願うように見て、実際に起こるようには見ていない。』

ここでdesearがconditional(日本語で可能法とか過去未来形とか呼ぶのね!初めて知った)で推論であることを表し、そのdesearを受けた願望節の中のsucederがpretérito imperfecto de subjuntivo/接続法過去になって願望の中身で起きる事態を表しているのですね。小難しいけど分解すれば理解できないことはない、自分で同じように作文できるかは別として・・・。

スペイン語的にはmezclado/混ざったという単語が2回だか出てきたのだけどその使われ方が意外で、ほーそういう感じ?となった。

Había millares de personas discutiendo, vendiendo, comprando hortalizas mezcladas con dagas, alfombras junto a todo tipo de pipas.

寛訳:短剣、じゅうたんやあらゆる種類のパイプと一緒くたになって話し、売り、野菜を買っている人が何千といた。

これ最初はmezcladasの元はhortalizas/野菜だと思って読み進めようとしたのだけど、短剣とかじゅうたんとかと混ぜこぜになった野菜ってちょっと食べられる気がしないなと思い、読み返すと女性形複数でpersonas/人々も出てきていたことに気づいたので、そっちにくっつけました。ただこれもあっているのかどうか。どちらにしろmezclarって混ぜ合わせるイメージだけど、そのままでは意味が通じないっていうことで、「一緒くたになって」と訳してみました。

なおもうひとつは「ヘーゼルナッツやレタスそして銅の硬貨とごちゃ混ぜになったじゅうたん」、これも冷静に日本語を読み直すとよくわからない。「中に紛れ込んだ」とかのほうが良いかしら、とも思うけど、まあ、とりあえずこんなところで。

もうひとつよくわからなかったのは次の文章。

«Y siempre procuraré conservar lo poco que tengo, porque soy demasiado pequeño para abarcar al mundo.»

寛訳:『そしていつだって手にしている僅かのものを大切にするよう努めよう、世界を抱きかかえるには僕はあまりにも小さすぎるのだから。』

文章全体はささっと読み通してしまいそうになったのだけど、最後のabarcar al mundoの部分。これabarcar/包み込む、抱え込むは他動詞なのでそのまま目的語を取れるはずなのに、al mundoとなっている。これはなんぞ、と調べたけどabarcar aで特殊な意味になるというわけでもないみたいなので、とすると、el mundo/世界を擬人化している、ということなのかなと。それがひとまずの結論ということで、無理やり「抱きかかえる」にしてみましたが、果たしてどうかなー。

余談も長くなってしまったところで(こっちにも小一時間かかってしまった・・・)、写真はパキスタンのカラチの青空マーケットです。2010年4月。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *